
【ゆる解説】単独公演「Kodo-鼓動-」振り返り

2026.01.23(金) 神楽坂天窓
おと.単独公演「Kodo-鼓動-」
改めまして、ご声援くださった皆様、ありがとうございました。
この場を借りて、改めて、感謝の気持ちと、今回の中身について、少し触れたいと思います。
今回のポエトリーディング脚本は、真夜中のメリーゴーランドMV監督の鈴木勇那氏ですが、彼からもらったこの言葉たちを、私がどんなふうに噛み砕いて、当日放出したのか、という視点から掘り下げてお伝えしたいと思います。
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#1 ひとり、夏の夜
冒頭であるここは、月が孤独について考える少女を見下ろしているような描写で、一歩俯瞰しているようにも思える言葉が並んでいます。
“この感情を伝える相手がいないって気づいてしまったとき、まるで私だけ違う世界に生きているように思えて心が縮んでしまう。”
心が動くということこそが、誰かに触れて、誰かと生きていることなのだと、私自身がはっとした言葉でもあります。
ここから繋いだ「オアシス」「怪獣の住む家」
この2曲はどうしてもシームレスな感じで流れを作りたくて、玲さんに無茶をお願いしました。
“泣いていいよ”と、あなたの素直な感情を肯定する曲から、誰かを想うばかりに臆病になってしまう怪獣の話。
頭ではわかっていても思うようにはいかない、心の弱いところと闘いたいところの葛藤のような小さな振動を、全身を震わせて歌いました。
#2 夏の昼下がり
男女の別れ話から始まった秋。
誰かと向き合うことについて考え、いつまでも変わらないもの、変えずに大事にしていきたいものについての歌を並べました。
大人になるにつれて、忖度とか、都合のいい思いやりとか、複雑なものに自分からどんどん飛び込んで、首を絞めてしまうけど、意外と身を任せてしまったときのほうが、心を開けることもあったりするのかもしれません。
この続きの歌詞にあるような、
“いつでも引き出せるように 蓋は開けたまま”
“明けない夜空には 永遠の星が瞬いてる”
こんなにぴったりの曲はないと思いました。笑 この曲たちが映える繋ぎにした勇那氏、流石…
今回は、詩の言葉と合わせて、セットリストを組み立ててくれたのも勇那氏です。
刹那的な夏が終わった後、哀愁さえ漂うような秋。それは、一瞬で終わってしまう夏の思い出や、感情の昂りが、知らぬ間に心の奥で音を鳴らし続けているからなのでしょう。
そしてこの後。3分間の「AMBIENT MUSIC」のシーン。このSEも詩同様に彼が制作。
この時間をどう使おうか考えた時に、次の曲「カフェ・スノードーム」と重なりました。
いろんな場所を駆け巡るように耳に入る音は、まるで季節の走馬灯のように感じました。私の現在の音楽の核心とも言えるこの曲を生み出すその瞬間を、日常に近いような形で取り入れてみようと思ったのです。
遠い街、行ったことがある場所ない場所、出逢ったひと、心が動く音、言葉。自分のこと合わせているだけのそれらの中から、よりふさわしいものたち選択し、曲にする。
そういう作業が、私たちアーティストにとっては、特別でありながらも日常のように流れているのです。

#3 冬の夜
そいてここでやってくる夜。前を向いても繰り返し、夜がやってくるのです。
みんなが気になっていたであろう、舞台に置かれた空の椅子。これには私自身色んなものを投影しましたが、一言で簡潔に言ってしまえば“過去の自分のいた場所”でしょうか。
空いたり、そこに誰かがやってきたり、そういうことを繰り返していく、自分の居場所みたいなものが色んなところにあったり、なかったり。変わったり、増えたり。
そして幼少期の夢。私はずっと、表現の世界を目指してきました。それこそ、本当に純粋な憧れでした。
テレビを見ながら登場人物になりきり歌う姿を見た両親が、劇団への入団オーディションへ応募してくれたことが始まり。このオーディションの日、先輩たちがナンバーを披露してくれて、その中で一段とキラキラした一人に視線も心も奪われ、当時の自分の中で追いかける目標になっていたことをよく覚えています。これが小学2年生の時の話。
何にも怖くなかったし、何も考えていなかった。笑
当時所属していた団体では、主に「赤毛のアン」を大きな看板として扱っていて、色んな会場で、色んな規模で上演していました。主人公アンが成長していく物語なので、もちろん子役として当時の私にもチャンスはあり、入団当初からアンになるべく、果敢に立候補して、オーディションに挑戦していた記憶があります。
今の自分に、同じような度胸も勇気もあるでしょうか…
自分にしかできないこと。必死になって作る自分の居場所。
大人になってしまった。簡単に言えばそうですが、でも何度無理やりに目を閉じようとしても、諦めようとしても、片時も離れなかったものが、結局表現の世界でした。そこが、今の居場所でした。
夜の暗がりに、教えてもらった、見つけてもらった本物の夢です。
#4 春の朝日
この台本をもらって、1番目を潤ませました。1番、胸が高鳴りました。
高鳴る、とは興奮したり、嬉しくなったりする時に多く使う言葉ですが、この時はそれとは違う、高鳴り。でも、刺さるとか、打たれるとかじゃない。高鳴りました。
“夜と朝を恐れてはいけない。それはどちらも、君が日々生き続けている証拠だから。”
この言葉こそ、今回1番胸に刻みたいことの全てではないでしょうか。
何度も夜に怯えました。何度も朝を恨みました。でも、そこには生きてきた証がたくさん詰まっていました。もしかしたら、辛い最中ではこの言葉は残酷にも思えるかもしれません。言葉はどうしたってエゴ的なので。
でも、未来を見るのではなく、近いところで見てみたら。昨日頑張れたことと、今日この朝日を浴びたこと。今夜の夢と、明日の朝陽までの目標。
そうやって少しづつ毎日を繰り返していくことが、生きていくことなのだと。
そうやって繰り返す中で、偶然の小さな幸せに出逢っていくのだろうと。
ここから繋いでいく「朝に溶けて」は、いつもとはまるで違う解釈でした。
夜だけの魔法が解けてしまった朝を恨んでしまうような卑屈な夜明けの物語が、二人で過ごした時間が溶けだし、二人でいたことの証こそ映るような軌跡とも言える朝を迎える曲へ変化したのです。
信じることも、希望を見出すことも決して簡単ではないし、楽ではないけれど、実は隣り合っていたりする。それを身に沁みて感じています。

そして、フィナーレ「守り詩」
この曲は元々、決して人のことを悪くは言わないし、ましてや人の悲しみを一緒になって背負ってしまうような、友人を想って書いた歌でした。
私が代わりに泣いたってあなたが楽になるわけではないかもしれないけど、それでもいつでも感情をこぼせるように、近くにいたい。
それは私も同じで、いつでも素直になれるような、取り繕うことなく、無邪気になったり、感情的になったり、そういう心を守っていけるような人であれたら嬉しいし、私でなくても、そういう感覚に気づくきっかけや出会う道標になれたら。
そんな気持ちで、最後にこの曲をお届けしました。

パフォーマーとして、まだまだ修行は必要で、完璧でないことはたくさんありますが、答えのない表現者として、そして変化し続ける一人の人間として。2026、現在の全人全霊を注ぎ、届けることのできた日でした。
音楽を始めた9年前、表現の世界に出会ったのは20年前。
自分にそんな“昔”ができるなんて、子どもの頃はみんな思っていなかったよね。
それでもここまで生きてこれたこと、大袈裟ではなく、本当に奇跡なんだと。そして、よくがんばったよ、と。そして、よかったね、と。
今の自分を全力で労ってあげたいです。
またこの奇跡を、日常を、コツコツと繰り返して、積み重ねていけるように。
音楽も、私の人生も。
胸の音に従って、自分を信じて、歩いていきたいと思います。
これまで出会ったすべての皆様と、これからも末永く続いていきますよう。
そしてその大きな節目の一つにもなった01.23(金)、この日に色んな形で触れてくださった皆様に全身から感謝を込めて。
ありがとうございました!!!!!!!
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ワンマン映像 アーカイブ販売決定!!!!!!!
当日来られなかった方も、繰り返し観たい方も、さらにこの夜を共有できるように、当日の本編全編の映像を販売します!!
ぜひ、今回の想いを踏まえて、皆さんも色んな解釈で、受け取ってもらえたら嬉しいです。
2026.01.23(金)神楽坂天窓にて開催
おと.単独公演「Kodo-鼓動-」アーカイブ映像 ¥2,000-
※1カメ 定点映像。
※限定公開(YouTubeにてアップロード)のURLをお渡しする形での販売となります。何度でも視聴可能。
※配信リンクの共有、転載は禁止です。
※期間限定公開 配信期間 〜2026年6月30日(火)23:59まで
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